ミス・コンテストに対してフェミニストは金切り声をあげてきた。ミス・コンテストは女を性の対象物として扱ふもので、性差別を助長する、と。
こんなオールド・フェミニストにとつて、「ミス日本・グランプリ」を獲得してスターダムにのしあがつた藤原紀香などは、フェミニズム運動を二十年も後戻りさせた存在といふことになる。
フェミニストの積年の執念にもかかはらず、「性の対象物」を志願する女性があとをたたないため、彼女たちはミスコンを根絶させる新たな作戦を思ひついた。それが男女共同参画社会といふお題目である。
■ミスコンは男女雇用機会均等法違反?
男女雇用機会均等法では性別を限定した求人はダメ。ミス・コンテストも女性に限定した募集だからダメ、といふ単純な理屈である。
「アホラシイ。ほならモーニング娘のオーディションは女性に限定してるからアカンのか」と常識を持つた人間は考へるが、今の世の中ではこの常識は通用しない。男女雇用機会均等法が水戸黄門の印籠のやうな役目を果たしてゐるらしいのだ。それで、「ミス山口」が廃止になつたり、「ミス広島」が「広島観光親善大使」になつたり、「ミス小野田」が「おのだ元気大使」になつたりしてゐる。
性別や年齢制限まで撤廃した上、わけのわからない名前に改称するものだから、「おのだ元気大使」には、八十歳のおばあさんやら五十代の男性やらも応募してきた。結局、若い女性が選ばれたが、はじめからおばあさんや男性を選ぶつもりがないなら、罪つくりな話である。
いや、一部には男性が選ばれた例もある。でもそれは、体のいいボランティアの観光案内係としてだ。
■空しい観光ボランティア
ミス・コンテストで優勝すると賞金や副賞(たいてい海外旅行)が貰へるが、額はたかが知れてゐる。優勝者は「ミス○○」といふ名誉があるから、安い手当でも一年間の御奉公に従事する。それを、ただの観光ボランティアとして一年間こき使はうといふのは虫がよすぎる。
地方の市議会では、初めから美と縁がないか、ますます美から遠ざかりつつある女の議員が、「女性をモノとして取り扱ふミス・コンテストに市が補助金を支出するのは問題がある」と質問をする光景が繰り広げられてゐる。
市の担当者は内心「お前にそんなこと言はれたくないよ」と思つてゐるけれども、彼に「ミス・コンテストは本市の女性に夢を与へてきた行事でして」とホンネを言ふ勇気はない。
そんな風潮の中でも、敢然とミス・コンテストを続けてゐるところもある。山口県の岩国市観光協会ではミスコンの可否について関係者にアンケートをとつたところ、圧倒多数で「ミス岩国」の存続を決定し、「全国で最後になるまで続けるべきだ」といふ意見まであるさうな。私は岩国市観光協会に心から敬意を表したい。
■海外ではミスコンが花盛り
目を日本から転ずると、今、世界中でミス・コンテストが花盛りである。
アメリカでは同時多発テロから11日後の9月22日に、ニュージャージー州アトランティックシティーで「2002・ミス・アメリカ・コンテスト」が開催された。
厳戒態勢が敷かれる中、司会者が「不屈の精神を見せるためにコンテストを行ふことを決めた」と宣言すると、星条旗を振つてウエーブが起こつたといふ。テロと美人コンテスト。これがアメリカだ。
韓国でもミス・コンテストが盛んで、毎年百以上のコンテストが開かれる。ミスコンの優勝者には無試験入学を認める大学まであるといふから相当な加熱ぶりだ。近年、ミス・ユニバースやミス・ワールドを輩出してゐるインドではモデル・スクールが大繁盛し、英語スピーチの特訓まで行はれてゐる。
■女の戦ひが生むスキャンダル
ミスコンにはスキャンダルが附きものである。
フランスでは「2002年ミス・フランス」に決まった女性に、身長の基準を満たしてゐないとクレームがついた。ライバルだつた女性が優勝者の身長を測り直すよう主催者に要求したのだ。しかし彼女の要求はミス・フランス委員会によつて退けられた。「ミス・フランス」では昨年も、「優勝者は実は男だ」といふデマ情報がネット上に流されて物議を醸してゐる。
フェミニストは「美人コンテストは女と女を戦はせるために男が仕組んだ陰謀である」と主張するが、ミス・コンテストを主催する男たちは、毎年繰り広げられる女の戦ひに実はうんざりしてゐるのである。
今公開されてゐる『ビューティフル』といふ映画は、ミス・アメリカを夢見る女の子を主人公にしたコメディだ。
美人の規格から少々外れてゐる彼女は、ライバルを蹴落とすために手段を選ばない。ところが子供ができて、さあ困つた。
泣かせるラストシーンはいかにも現代アメリカ的だが、この映画の見どころは、ミスコンにまつわる最近の風潮を茶化すギャグにある。福祉活動への貢献度が重要なポイントになるので、それをデッチあげるために費やされる空しい努力。「女性を差別するミスコンにあなたはどうして出場するの?」といふステレオタイプの批判も徹底的に笑ひのめす。
■栄誉と富と幸福の源泉
ミス・コンテストは、女性に栄誉と富と幸福をもたらす源泉であり続けてきた。
ミス・コンテストが始まつて間もない1920年代には、ミス・アメリカの一年間の収入はベーブ・ルースやアメリカ大統領よりも多かつたといふ。
アメリカで一番有名なフェミニストであるグロリア・スタイネムも若い頃、学費を稼ぐためにミス・コンテストに出場したことがある。学費を稼ぐためにミス・コンテストに出場することが「美談」とされるなら、生活費を稼いだり家を建てるためにミス・コンテストに出場することがどうして悪からう。
人間は、自分の持てるすべてを駆使して人生を生き抜く権利がある。
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