さて、お次は自民党が策定した千葉県男女共同参画条例案を取り上げたい。http://www.chibajimin.jp2.net/
良識的にして理想的な男女共同参画条例ださうだ。なるほど、前文に「男らしさ女らしさを一方的に否定することなく」といふ文言が見え、堂本案にあつた「固定的な役割分担云々」といふ文言や家族経営計画、表現規制条項などは削除してある。条文数は堂本案の31条から18条に減つてゐる。
でもこれだけで「良識的にして理想的な男女共同参画条例」が出来上がつたと早合点してはいけない。男女共同参画条例の条文は短くなつたが、自民党が新たに作成したドメステック・バイオレンス条例は条文数が9条もあるのだから。ふたつの条例を合わせると27条。堂本案とたいして変はらない。条文の長さでも、両条例を合はせると他府県条例の二倍近くある。日本一のフェミナチ条例たる名誉にいささかのゆらぎもない。
もつとも笑止なのは、堂本案にあつた、条例の中核になる「基本理念」の部分をほとんどそのまま残してゐることだらう。次の自民党案第三条がそれだ。
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(基本理念)
第三条 男女共同参画の促進は、男女の個人としての尊厳が重んじられること、男女が性別によって法の下の平等の原則に反する取扱いを受けないこと、男女が個人として能力を発揮する機会が確保されることその他の人権が尊重されることを旨として、行われなければならない。
2 男女共同参画の促進は、社会における制度又は慣行が男女の社会における活動に対して及ぼす影響にできる限り配慮し、多様な生き方を選択することができることを旨として、行わなければならない。
3 男女共同参画の促進は、男女が、社会の対等な構成員として、県における政策又は民間の団体における方針の立案及び決定に共同して参画する機会が確保されることを旨として、行われなければならない。
4 男女共同参画の促進は、家族を構成する男女が、相互の協力と社会の支援の下に、子育て、家族の介護その他の家庭生活における活動及び社会生活における活動に対等に参画することができるようにすることを旨として、行われなければならない。
5 男女共同参画の促進は、セクシュアル・ハラスメントが、個人の尊厳を侵すものであり、根絶されなければならないことを旨として、行われなければならない。
6 男女共同参画の促進は、男女が生涯にわたり健康を享受することが尊重されること、特に、女性は妊娠及び出産のための身体的機能を持つことによりその心身の健康の保持が図られるよう配慮されることを旨として、行われなければならない。
7 男女共同参画の促進は、国際社会における取組と密接な関係を有していることを認識して、国際的協調の下に行われなければならない。
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見るがいい、このくだくだしい「男女共同参画基本理念」を。特にグロテスクなのは(5)だ。「男女共同参画の促進は、セクシュアル・ハラスメントが、個人の尊厳を侵すものであり、根絶されなければならないことを旨として、行われなければならない。」 この醜悪な日本語で表明されてゐるのはセクシュアル・ハラスメントの「根絶」にほかならない。
今日では職場で女性の容姿を「誉める」ことさへセクハラとして告発されるが、さうした男女間のなにげない言動をも「根絶」する。それがこの条文の趣旨だ。刑法にも「本法は犯罪を根絶することを目的とする」とは書いてない。当然である。犯罪は罰しても、国家が犯罪の根絶を策したら恐ろしいことになる。犯罪の根絶は全体主義国の発想だ。しかしこのセクハラ条項は、犯罪でさへない言動を「根絶」すると宣言する。これほどフェミニズムの全体主義的体質を象徴する条文はない。堂本原案にはセクシュアル・ハラスメントの前に「ドメステック・バイオレンスその他の男女共同参画の促進を阻害する暴力的行為」といふ文言があつたが、自民党は別にDV条例をつくつたので、男女共同参画条例にはセクシュアル・ハラスメントだけ残した。これも親切な話ではある。
理念条項でさらに言ふと、(7)なども実に危ない。「国際社会における取組と密接な関係」「国際的協調」といふさりげない文章の意味するところは、女性差別撤廃条約や世界女性会議と連動してフェミニズム政策を推進していきませうといふことだ。日本が昭和六十年に批准した女性差別撤廃条約は、日本にフェミニズム政策を蔓延させた核爆弾だつた。女性差別撤廃条約を批准したことによつて、日本は国連からフェミニズム施策を推進せよと圧力を受ける立場になつてしまつた(米国は批准してない)。世界各国から数万人規模のフェミニストが集結する世界女性会議は、開催されるたびに世界中にフェミニズムの害毒を撒き散らしてゐる。こんな条文を認めてしまつたら自治体は世界女性会議に派遣団でも送り込みかねない。
堂本案の「基本理念」条項を作成したのは誰か? あの大澤真理女史である。堂本案の基本理念の部分は、「男女共同参画社会基本法」の根幹にあたる第1条から第7条までのエッセンスを抽出したものだ。大澤女史は自分のつくつた基本法の中核部分を「日本一の男女共同参画条例」たる千葉県条例案の中にしつかり取り込んだのだ。だから自治体条例の中に「国際的協調」などといふ場違ひな文言もそのまま登場してくる。先ほどの「国際的協調」条項は基本法第7条の「国際的協調」条項のひきうつしである。しかるに自民党は、大澤原案の中核部分をしつかり残して「良識的な男女共同参画条例」をつくつたと吹聴してゐる。これを笑はずにゐられるだらうか。
「男らしさ女らしさ」といふ文言が入れば、理想的な男女共同参画条例になるといふこの脳天気さ。前にも言つたけれども、パンツはいくら洗つても顔をふくハンカチにはならない。まだら模様に脱色したパンツを「幸せの黄色いハンカチ」と偽つて販売するのは正しく詐欺と呼ぶことができよう。
自民党案にはこのほかにも「財政上の措置」(第14条)、「苦情処理機関」(第16条)など問題のある条文が多数存在するが、ここでは自民党が付け加へたとんでもない条文を特筆しておかなければならない。次の条文である。
《第十七条 県は、千葉県行政組織条例の定めるところにより、千葉県男女共同参画審議会を置く。
2 千葉県男女共同参画審議会の委員は、男女いずれか一方の性が委員総数の四割未満とならないように選任しなければならない。》
アファーマティブ・アクション(積極的差別撤廃措置)といふやつで、これを男女共同参画審議会に適用し、男女が四割未満になつてはならないと定めてゐる。
この条文も一種のペテンである。なぜなら自民党案は堂本案の第2条にあつた「定義」条項を削除した。これにより、第2条の(二)としてあつた次のやうな「積極的改善措置」の定義も姿を消した。
《二 積極的改善措置 社会のあらゆる分野における活動に参画する機会についての男女間の格差が生じている場合において、その格差を改善するため必要な範囲内で、男女のいずれか一方に対し、その機会を積極的に提供することをいう。》
この条文を削除してアファーマティブ・アクションは消えたと安心させておいて、最後の方にこっそりアファーマティブ・アクションの「数字」をしのばせる。これをペテンを言はずして何と言はう。
自民党は条例作成に当たつて「留意した点」として次の三点をあげてゐる。
《1.国会答弁でも否定されているジェンダーフリーの思想が、いささかもでも感じられないものであること。
2.結果の平等を求めるものではなく、機会の平等を追求するものであること。
3.条文中に特定の思想や考え方に基づく一方的な解釈をされる部分がないものであること。》
県民を愚弄するにもほどがあると言ひたい。アファーマティブ・アクションの四割条項は「結果の平等を求めるもの」ではないのか? アファーマティブ・アクションは「特定の思想や考え方」に基づくものではないのか? 繰り返すが四割条項は自民党がわざわざ挿入したものなのだ。
アメリカやヨーロッパでは官庁はもとより民間企業、大学までアファーマティブ・アクションの嵐が吹き荒れ、摩擦と混乱を引き起こしてゐることはよく知られてゐる。欧米のフェミニスト勢力の強力な武器がアファーマティブ・アクションで、その際もっぱら使はれてゐるのが四割といふ数字だ。
なぜ四割なのか? 本当は男女同数と規定したいところだが、フィフティ・フィフティにすると実際の数合はせが却つてわずらはしいといふ理由から、四割といふ数字が通常使はれてゐる(男女同数規定にすると女を五割以上に増やすことができないと反対するフェミニストもゐるが)。従つて欧米では、アファーマティブ・アクションの四割規定は事実上の男女同数規定とみなされてゐる。
欧米のサルまねであるアファーマティブ・アクションの四割規定を男女共同参画審議会の委員数に適用するといふことは、この条例が社会の各分野における男女同数を志向してゐると宣言したに等しい。
覚えておいてほしいのは、フェミニズム勢力にとつてアファーマティブ・アクションは専業主婦を絶滅させる武器でもあるといふことだ。女性社員が二割しかゐない会社で女性管理職を五割にしろなんて無理な話だ。だから女性管理職を増やすためには、女性社員の割合も五割に引き上げろといふ順序になる。それなら家庭の主婦はみんな外に働きに出なければならない。家庭はますます空洞化する。お分かりか?
無知な人びとが、大沢真理や堂本暁子ら筋金入りのフェミニストが周到に作成した条例案をこねくりまはすから、かういふ醜態をさらすことになる。男女共同参画基本法の基本思想はジェンダー・フリーだが、基本法や男女共同参画条例にはジェンダー・フリー思想以外にもさまざなフェミニズムの毒素が入つゐる。その位のことは認識しておいた方がいい。
ジェンダー・フリーは性差解消を志向する思想だ。しかし一方でフェミニズムには、性差・性別を強調する運動もある。たとへばドメステック・バイオレンスがさうだ。夫は妻を虐待する存在であり、妻を虐待する夫を取締るのがドメステック・バイオレンスの目的である。夫は男で妻は女だ。だからドメステック・バイオレンスはあくまで男性と女性は違ふ性、対立する性といふ前提に立つてゐる。セクハラもさうだ。男と女は違ふ性であり、男は性的言動により女に害を与へる動物であるといふ思想が根底にある。
職場における女性の割り当ても同じだらう。女にもポストを与へろ、女の議員を増やせといふ時は、女性として権利を要求してゐる。男も女もない、男と女の区別はないんだといふユニセックス社会では、男のポスト女のポストと分けること自体意味をなさない。
つまり、フェミニズム運動にはふたつのベクトルがある。性差・性別を解消する方向と、性差・性別を強調する方向と。ジェンダー・フリー教育などは前者、DV・セクハラ糾弾やアファーマティブ・アクションは後者だ。どちらも男性憎悪、男女対立煽動といふ動機に発することは同じだが、形になつて現れる時は逆のベクトルを向く。
現代フェミニズムはマルクス主義・フェミニズム、リベラル・フェミニズム、ラディカル・フェミニズム、社会主義・フェミニズム、エコロジカル・フェミニズム、ポストモダン・フェミニズム、母性主義・フェミニズムなどさまざまなイデオロギーの分派があり、各派が互ひに矛盾・対立する主張をそれぞれ展開してゐる。これらフェミニズムのあらゆる主張や要求を詰め込んだのが男女共同参画社会基本法だ。当然ベクトルも一方向ではありえない。自治体はこの基本法に倣つて条例をつくつてゐるが、基本法に多少の修正を加へたくらゐでフェミニズムの毒素が消え去るわけもないのは自明の理だ。
もつとも、自民党案はフェミニズムの毒素を消し去らうと意図したかさへ疑問である。むしろ、DV対策やアファーマティブ・アクションなどを積極的に推進する意図さへうかがへる。さう考へれば、DV条例を別に制定したり、アファーマティブ・アクションの四割条項を盛り込んだりした意図も理解できる。
「男らしさ女らしさ」といふ文言さへあれば「理想的な男女共同参画条例」に変身すると考へるひとたちには、馬鹿のひとつ覚えといふ言葉を呈するのが一番適切だと思ふ。実は、この条例案策定にあたつては、無知な自民党議員を踊らせた仕掛け人がゐる。その連中が「馬鹿のひとつ覚え」を自民党議員に教へ込んだのだ。それはあの宇部市男女共同参画推進条例に関はつたひとたちである。
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