■言葉の遊び
新聞によると、夫婦別姓制度に関して、「同姓を原則とし例外的に別姓を認める例外制」が浮上してゐるといふ。
これは観測気球というふやつで、役所がマスコミにリークして反応をうかがつてゐるわけだ。この記事を読んだAさんから早速電話があつた。
「また法務省が変な案を出してくるやうですね」
私は答へた。
「ただの言葉の遊びさ」
離婚を法律で禁止してゐる国があるとしよう。離婚を認めよといふ声が出てきたので、法律を改正して、「例外的離婚制度」を導入することになつた。「夫婦は結婚を続けることが原則だが、例外的に離婚を認める」。これが画期的な「例外的離婚制度」だ。
「エッ、要するに離婚を認めるということぢゃないの?」
死刑を法律で禁止してゐる国があるとしよう。死刑を認めよといふ声が出てきたので、法律を改正して、「例外的死刑制度」を導入することになつた。死刑廃止が原則だが、例外的に死刑を認める。これが画期的な「例外的死刑制度」だ。
「エッ、要するに死刑を認めるといふことぢゃないの?」
つまり、さういふことなのだ。ある制度が導入されれば、例外もクソもない。
■例外が本則を駆逐する法則
かつて田中角栄といふ頭のいい政治家がゐた。かれはとてもスケールの大きな政治家で、たとへばある地域で莫大な利権を得ようと目をつけると、この地域に開発のアミをかける法律をつくつた。他の業者は開発をあきめる。しかしこの法律には但し書きのところに例外規定が付いてゐた。この例外規定を根拠に田中角栄は土地を買占め、巨額の利権を得る。これが角栄流錬金術だつた。
このやうにして法律の例外は本則になり、その法律は骨抜きになる。これがパーキンソンの発見した、行政における例外が本則を駆逐する法則である。
サヨク官僚やサヨク・フェミニストは田中内閣のころにはゲバ棒を振るつてゐたはずだが、そのかれらが今権力を握つて角栄の手法を真似るてゐる!
そもそも選択的夫婦別姓制度といふ言葉がまやかしである。
日本国民は結婚することもできしるし、独身でゐることもできる。これを選択的結婚制度などと言ふだらうか?
日本国民は運転免許をとることもできるし、とらないこともできる。これを選択的運転免許制度などと言ふだらうか?
考へてみると、法律の規定することの多くは選択的制度みたいなものだ。選択的だの例外的だの、言葉遊びが好きな人たちだ。
むかしの言葉に、「騙すに手無し」といふのがある。「騙す以外に方法がない」といふことだ。法務省は夫婦別姓制度導入に、もはや「騙すに手無し」の状況にあるらしい。国民は一体いつになつたら、官僚どものペテンに悩まされずにすむのだらうか。
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