
ローマF〜トラステベレ地区〜
イタリアにとって1月6日はエピファニア、ベファーナ、主顕節の祭日です。3つも言い替えてしまいました。どれをとってもムズカシクテ。ほうきに乗ったおばあさんがシンボルとなるこの時期、クリスマスから12日間の厳粛なクリスマス&お正月週間がこの日で最終日となるのです。祭日なので街はお店も閉まっていて閑散としているため、住宅街と遺跡の街を中心に歩くことにしました。
ボンジョルノ!ある20世紀の1月6日。今日はエピファニアの祭日のため街は静まり返っています。この静けさは日本の元旦によく似ています。ごくたまーにバールが開いているくらいです。そこでやっと見つけたそのバールで休憩することにしました。
入口の右側、ガラス張りに沿って2人用のテーブルが3つ、横長のスペースに並んでいます。正面が立ち飲みのカウンターで左手のレジスターには格幅のいい女性が立っていました。うっ・・笑顔はなし!ふぁいとぉ。
ガイドブックによると、イタリアのバールでは立ち飲みと座って飲むのとではお茶の値段が違うようです。まずはレジスターで注文をいって席ありか席なしかを伝えてお金を払うということ。早速勇気をだして注文します。彼女の無愛想に負けないように「カ・カフェラテ、プリーズ」するとすぐさま金額を提示されたので慌てて支払いをします。お金と引き替えに渡されたのは小さな紙切れでした。「あっあれ?席はいえずに払っちゃった・・」
戸惑いながらもその紙切れを持ってカウンターに行き、マスターに渡しました。「プリーズ」すると小さい小さいカップに入った真っ黒のエスプレッソがでてきてしまいました。よく見るとその紙切れには何も書いていなかったようです。今考えると立ち飲みかイス席かの区別、またはお金を払ったしるしの紙切れに過ぎなくて、ここで再度注文する必要があったのかもしれません。狭い店内と格幅の良い女性の無愛想さについ怯んでしまって確認するのを忘れてしまいました。
けれど真っ黒なエスプレッソはどうしてもどうしても飲めないので、片言の英語でカウンターのマスターにお願いしました。「すいません、これではなくてカフェラテが欲しいのです」相手も「○×△・・」どうしよう・・と困っていると、おしゃべりしながら立ち飲みしていたニコラス・ケイジ似のお客さんがカウンターに近づいてきました。そして「彼女カフェラテを注文したそうだよ」と説明に入ってくれたのです。マスターが静かに「オォ〜」と息を吸った瞬間コレを逃してはイケナイ!と思いソーリーとサンキュウを交互に繰り返し、納得してもらって作りかえてもらいました。ホーッ。
やり方はこうでした。小さなカップのエスプレッソを大きなカップにそのままスポッと移して、温かいミルクをジョ〜と注いで出来上がり。よかった〜。「サンキュー」イタリアにいながら情けないことにこれしかでてきません・・。そして飲み終えていたニコラス・ケイジはそのまま店をでていきました。
これ程リラックスできないティータイムは他にないっていう有様ではありますが、なんとか立ち飲みでのカフェラテを飲み終え店をでました。こんな情けない経験もいつか役に立つかもしれない・・。するとさっきのニコラス・ケイジが店の前で立ち話をしています。あっ!と目があったので「サンキュウ!」と手を振ると大きく手を振りかえしてくれたのでした。もうカレは私の中のヒーローです(笑)。それに引き替え、一緒に店に入った相棒は私がホントに困っている間、ずっ〜と透明人間になっていたんですよね・・。こういうのってたぶんことあるごとに思い出す・・。ほら、また思い出しちゃった。![]()
レストラン休業中 |
閑散としたトラステベレ地区 |
カエサルのフォロ |
人気のない閑散とした道を歩いていると、大通りの1本裏側に小さな教会を見つけました。ここだけは人が沢山いて、ゾロゾロゾロゾロこの教会に人が吸い込まれていきます。私も同じようになんとなく入っていきました。
2人がすれ違えないほどの狭い入口を1歩中に入ると、思ったよりも広いテニスコートほどの空間が現れました。突き当たりには煌びやかな祭壇と十字架があって、正面にはイスが100以上並んでいます。そしてそのイスはほぼ満席です。それとは離れた入口脇の最も遠い壁側にも、横1列に席がつくってあったので、私はここに座ることにしました。前の席はまだいくらか空いているにもかかわらず、一番後ろの壁に沿った場所に人々が溢れてきました。立つ人々も多数います。
しばらくすると正面の祭壇に司祭が登場します。2,3分何かを語ったあと、皆で「聖しこの夜」の合唱がはじまりました。すると座っていた人々が祭壇前にひとりひとり並びはじめ、ワイングラスからピッピッと頭に水を振りかけてもらっています。最後の人が終わるまで「聖しこの夜」の合唱が何度となく繰り返されます。最後に司祭がワイングラスの水を少し口に含み、布でグラスをキレイにふき取ったあと厳かにこの行事が終了しました。
偶然にも主顕節のミサを見るチャンスに恵まれました。司祭の退場と共に壁側で見ていた人は私も含めてゾロゾロとその場を離れてすぐさま外にでてきたので、日本人こそいなかったもののどうやら皆も見学者だったようです。